「自分らしく」の限界と、未来から逆算する思考法
SNSでは「自分らしく生きたい」「自己肯定感を高めよう」「他人に振り回されない自分軸を持とう」といった言葉があふれています。どれも大切なテーマに見えますが、私にはどこか“限界”があるように感じられるのです。
なぜなら、これらの多くは「現実に起きた問題への対処」に終始しているように見えるからです。 たとえば、他人の目が気になるから自己肯定感を高めよう、という発想。これは「マイナスの状態をゼロに戻す」思考です。傷ついた心を癒すことはもちろん大切です。でも、それだけでは未来は開かれません。
私が採用しているのは、“未来から逆算する思考法”です。 つまり、
A(現状)よりもB(理想)のほうが美しい。 だから、Bを実現するにはどうすればいいか?を考える。
というアプローチ。
「理想のプレイスタイル」から考える社会設計
例えるなら、多くの人が「野球でケガをしない方法」を探しているとします。
一方、私は「そもそもケガをしない理想のプレイスタイル」があり、それを実現するには、どんな競技がふさわしいかを考えているようなもの。
つまり、現実の枠組みそのものを問い直す発想です。
ここで私の社会的ビジョンが登場します。それは、民主主義の実現です。
民主主義を土台にする「自分軸」
多くの人が「他人軸から自分軸へ」と言いますが、それが本当に機能するには“前提となる社会の枠組み”が必要です。
現状の日本社会では、「他人に配慮すること」が美徳とされ、自分の意思を通すことは「自己中心的」と見なされがちです。ここで疑問が浮かびます。
自己中って、誰の基準で決められているのか?
多くの場合、それは「他人優先」を基準とした社会構造によって定義されています。 つまり、「自分軸を大切にする」と言っている人たちも、その“軸”の定義が曖昧であり、どんな社会を前提としているのかが見えてこないのです。
自分らしさは、社会のビジョンとセットで語るべき
私にとって「自分軸」とは、民主主義を実現するために欠かせない個人の在り方です。 言い換えれば、「どんな社会を目指しているか」があって初めて、その社会に必要な“自分の軸”も明確になります。
理想の社会像がなければ、どんな生き方が望ましいかも見えてきません。
だから私は、「未来起点」で考えるのです。
自分らしさとは、社会の未来像とセットで語るべきテーマなのだと。
そしてその未来像は、ゼロから設計し直すことで初めて本当に“新しい何か”を生み出せる。
この視点が、今の「自己実現ブーム」に足りない最後のピースなのではないでしょうか。