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「自由だと思ってたのに…気づいたら“国家の歯車”になってたんだけど」 ― わたしの選択、返して

 


「ねえ、わたしの未来、勝手に“国のため”に使わないでよ」

……は?
なんで?
なんでNISAが「日本のため」になってんの?
わたし、そんな契約した覚えないんだけど。

いや、ほんと意味わかんない。
自分のために投資してるだけなのに、
オルカンばっか買ってて日本の成長になってない」とか言われるの、
マジで理不尽すぎて泣きそう。

てか、泣いた。
昨日、布団の中で。


「“日本のために投資しろ”って、そんなの戦時中かよ」

ごめん、言いすぎた。
でもさ、でもさ、
「国内投資を優遇すべき」って、
それってもう「こっち買え」ってことでしょ?

「自由に選んでいいよ」って言いながら、
「でも国内のほうが税制的にお得だよ」って、
それ、選ばせる気ないじゃん。

やさしい顔して、
じわじわ縛ってくるの、ほんと無理。


「わたしの財布が、国の歯車にされる瞬間を、今見てる気がする」

ねえ、これって、
わたしたちの未来を、
“国家の都合”で塗りつぶしていくプロセスじゃない?

「みんなのために」って言えば、
なんでも正当化できると思ってるの?

そんなの、やさしい暴力だよ。


「でも、わたし、何もできないんだよね」

……はぁ。
どうせ、わたしが何言ったって、
制度は勝手に進んでいくんでしょ?

国会で決まって、
ニュースでは「国内投資=善」って報じられて、
気づいたら、空気ができてて、
オルカン買ってるの? へぇ…」みたいな目で見られて。

やだ。
ほんとやだ。
でも、どうしたらいいのかわかんない。


「わたしの選択が、わたしのものじゃなくなるのが、いちばん怖い」

自由って、
「どこに投資するかを自分で決めること」だと思ってた。

でも今は、
「どこに投資すべきかを“空気”が決める」時代になりそうで、
それが、ほんとうに、ほんとうに、怖い。


「ねえ、誰か、止めてよ。わたしじゃ止められないよ」

わたし、叫びたい。
でも、叫んでも届かない気がして、
声が喉の奥でつっかえてる。

「違うよ」って言いたい。
「NISAは国家のためじゃなくて、わたしたちのための制度だよ」って。

でも、
誰も聞いてくれない気がして、
また泣きそうになる。


「それでも、わたしは黙らない。たとえ、焼け石に水でも」

……でもさ、
それでも、わたしは言うよ。

「おかしい」って。
「自由を奪わないで」って。

たとえ、誰にも届かなくても。
たとえ、制度が変わってしまっても。

わたしは、
わたしの未来を、
“誰かの都合”で塗りつぶされたくないから。


「ねえ、あなたは、どう思う?」

このまま、
わたしたちの選択が、
“国家の戦略”に吸い込まれていくのを、
黙って見てるの?

それとも、
「それは違う」って、
一緒に言ってくれる?


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